2017/04/06 新たに 「慶應義塾大学メディアセンターデジタルコレクション」 を公開しました。

Digital Gallery of Rare Books & Special Collections
小山内薫演劇絵葉書コレクション
小山内薫演劇絵葉書コレクション 小山内薫演劇絵葉書 コレクション全点

 新劇の歴史、つまり日本における西洋化された演劇の歴史における小山内薫の演じた役割はたいそう大きい。自由劇場での実験的な上演と築地小劇場での本格的な活動が、新劇の展開にとってどれほど重要な意味を持つものであったかは、すでに多くの人々の証言や研究によって知られている。しかし、小山内薫が2度の旅で見たヨーロッパの演劇については、彼自身が書いた印象記を通じて、文字化された情報の形でしか知ることができずにいた。
 かつて小山内薫が慶應義塾大学の文学科で教える人となり『三田文学』にしばしば寄稿していたという因縁から、没後に蔵書が慶應義塾に蔵されることになった。それら数千冊の書籍が「小山内文庫」の名で架蔵され、演劇研究を志す人々に利用されてきた。
 1994年も暮れかける頃に、小山内家から慶應義塾に渡ったのが書物ばかりでなく、相当な数の絵葉書を含んでいたことを私は館員を通じて知った。図書とちがって整理のままならない絵葉書のたぐいが箱に入れられたまま長いこと日の目を見ずにいたのであった。
 およそ700点の絵葉書の大部分は舞台と俳優を写したものであった。それらが小山内薫の所蔵物であったことは疑いようのないことであるとはいっても、彼がどのようにしてそれら大量の絵葉書を得たのかは即断できかねた。他人から譲り受けたものである可能性も考えられたからである。
 しかし、絵葉書に画像として残された作品や人物が小山内薫の紀行文や演劇評論に密接な関係のあることが、調べを進めるにつれてしだいに明らかになった。しかも、かなりの数の絵葉書の裏面に小山内薫の自筆の書き込みがあって、そのうちには築地小劇場での上演の資料として役立てられていたことを証明するかに思われるものが含まれていた。
 さまざまな証拠から、絵葉書の大多数が1913年の旅で持ち帰られたものである、と結論づけられる。紙質などから1927年のモスクワ訪問時に入手したと知れるものが少数まじっているが、大多数は1910年代初めのヨーロッパの演劇界、それも小山内薫の目に映じていた人と作品の姿をそのままに伝えるものに相違ない。文字化された情報ばかりではなく、このように視覚資料が出現したことは、小山内薫研究のみでなく、日本演劇史全体におよぶ視野での研究にとって意義が深いと思われる。なぜ小山内薫がこれほど大量の絵葉書を集めたのかという動機一つをとってみても、十分に独立の検討対象になりうるであろう。まして、これらが自由劇場と築地小劇場での舞台作りにどの程度まで参考資料として利用されたかを、当時の舞台写真と絵葉書の画面を対照によって知ることができるであろう。
 築地小劇場の幕開きからちょうど70年目の年に絵葉書がふたたび現れ出たのはただの偶然ではあるまい。600枚を越える絵葉書の素性調べがおおかた終わろうとする時点で、一冊の古いアルバムのあることを知らされた。それにはモスクワ芸術座の『ワーニャ伯父さん』の連続舞台写真一式を中心とする73点の絵葉書が収められていた。なぜこれらのものが別扱いされていたのか、理由はさだかではない。さしあたってこの目録でもそれらを特別扱いしておくことにした。
 当初は文字だけのリストを作るつもりでいたのだが、図書館の関係者各位のお勧めと応援によって縮小写真を添えた目録を作成するはこびとなった。まだ若干の点が未確認のままで残ってはいるものの、貴重な資料が一刻も早く研究者の目にふれてほしいとの願いにせかされた。いずれ検討の結果を別冊の文書として報告することになろう。
 ここに至るまでに多くの人々のご協力を得た。絵葉書の存在をお教えくださった慶應義塾図書館の小沢恒二氏と森園繁氏の他、大沢充氏から目録作成に多大の応援をいただいた。ロシア語について文学部の谷寿美氏、北欧の言語についてイプセン研究で知られる成城大学の毛利三弥氏から貴重なヒントをいただいた。文学部長・関場武氏と芸文学会委員長・井口樹生氏から得た激励は私にはたいそう貴重なものであった。絵葉書発見の初期の段階で鑑定してくださった演劇評論家・尾崎宏次氏と小山内薫演劇論全集の編者・菅井幸雄氏、ロシア演劇研究家・中本信幸氏の3氏にも深く感謝したい。


  1995年5月  宮下啓三

『小山内薫の演劇絵葉書 : 地域別・作家作品別の目録』後記より引用

演劇絵葉書コレクションの見方

    1 原則として小山内薫の旅行経路に従って地域を配列する。整理番号はロシアはR、ドイツ・オーストリアはG、北欧はS、イギリスはB、フランス・ベルギーはFをそれぞれ冠して地域を示すこととする。

    2 劇作家とその作品は50音順によって配列する。

    3 原則として俳優名を掲げて()内に配役の名を示すこととする。ただし、モスクワ芸術座の「どん底」および「ワーニャ伯父さん」の舞台面に台詞を添えた絵葉書については、例外として絵葉書下部に刷られている台詞を語る人物(役名)をあげる。

     

    本コレクションはWebサイトでの公開のみとなっております。(絵葉書の閲覧はできません)