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各巻の解説



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タイトル 西洋事情. 初編. 一
別タイトル Things western
著者 福澤, 諭吉 (Author, Translator)
出版地 東京
出版者 尚古堂
出版年 1866 (慶応2)
識別番号 福澤関係文書(マイクロフィルム版)分類: F7 A02-01
請求記号: 福 2-21 著作

[解説]

初編三冊、外編三冊、二編四冊より成り、それぞれ慶応二年、同三年、明治三年の刊記がある。
 福沢の著訳者としての名声を一時に海内に轟かしたもので、最も広く世に行なわれ、影響力の甚だ強かった著訳書の一つである。
 初編三冊の構成は巻之一に「備考」と題して政治のあり方、税法、国債、紙幣、商事会社、外国交際、兵制、文学技術、学校、新聞紙その他二十数項目を設けて西洋文明の新事物の紹介を試み、巻之二と巻之三とにアメリカ合衆国、オランダ、イギリスの項を設けてその歴史、政治、軍備、財政をそれぞれ紹介した。
 最初は二編三冊にロシヤ、フランス、ポルトガル、ゼルマン総論、プロシャの各国を説くつもりであったが、初編三冊を出してから少し考えが変り、西洋の社会事情一般を知らしめなくては、各国を説いても理解しにくいであろうと配慮から、チェンバーズ
 の経済書(Chambers,Educational Course, Political Economy for use in schools, and for private instruction)の一部を主とし、他の諸書を撮訳して、外編三冊を著わし、その後で最初の計画に従って二編にロシヤ以下の国々を書こうとしたが、フランスの部分が長くなって二冊分を占めることになり、ポルトガル以下を説くことができなくなったので二編を四冊とし、更に続いて三編を書くつもりであったらしいが、遂に三編は書かれずに、初編三冊、外編三冊、二編四冊、計十冊で終わったのである。
 日本にない西洋の事物を紹介するのであるから、福沢は新たに訳語を作り、その訳語に長々と説明を加えるなどして、読者の理解を助けるために苦心した。たとえば、フリードム又はリバアティの語に「自主任意」「自由」などの訳語を与え、ポステージ・スタンプを「飛脚印」と訳し、ライトを「通義」としたが、それだけでは自由権利の何たるかを知らない読者には想像のしようもないので、それぞれ数項を費やして説明している。
 初編三冊は網目模様の地紋の濃藍色表紙、左肩に「西洋事情一.(二、三) 」の文字を子持罫で囲んだ題箋を貼ってあるが、初版本には題箋に「初編」の文字はない。見返しは黄色の半紙または白色の厚雁皮紙を用い、匡郭は子持罫、その中に簡単な飾り罫の枠を施し、「福沢諭吉纂輯/ 西洋事情/慶応二年丙寅初冬尚古堂発兌」と三行に記してある。のちには「福沢諭吉纂輯」の文字の下の方に「慶応義塾蔵版之印」の朱印の押捺してあるものが出ているが、これは明治元年春以降の発売本と見なければならぬ。
 口絵一丁は白色の厚雁皮紙または洋紙を使い、匡郭は飾り罫、表半丁は上部に「蒸汽済人電気伝信」の文字を掲げ、中央に、北極をやゝ上部寄りに表わした地球の北半球図を画き、その周図を鎖で取り巻き、電柱十六本を立て、これに電線を架し、その電線の上を洋服姿の飛脚が右へ向って走る姿を描き、地球図の上の方には、右に洋風の尖塔の屋根の群を示し、左に山脈の上に飛揚する軽気球をあしらい、最下端にト駅トンネルを出る汽車と波濤を渡る汽船の図とを配している。
 口絵の裏半丁は、表と同様の飾り罫の中に上部に「四海一家五族兄弟」の文字を掲げ、世界の五人種の顔を描き、これに地球儀と望遠鏡と洋書とコンパスと巻紙との図を配している。この口絵は墨と薄墨と青灰色との三度刷りである。
 本文は、巻之一が目録四丁、本文五十六丁、巻之二が本文五十一丁、巻之三が本文五十丁、その第五十丁裏に「福沢氏蔵梓/西洋事情初編三冊刻成/同二集三集近刻/ 華英通語全一冊刻成」と記してある。版によっては右下隅に「福沢氏図書記」と刻した長方形の朱印が押してあるものもある。巻之三のウラ表紙の見返しに、この書の取扱書店名が列記してある。「京都出雲寺文次郎/大阪伊丹屋善兵衛/ 尾陽永楽屋東四郎/東都出雲寺万次郎/岡田屋嘉七」とある。版によっては最後の岡田屋嘉七の名の下に「尚古堂記」と刻んだ方形朱印の押してあるものもある。巻之一の表紙見返しに記してある「尚古堂発兌」とあるその尚古堂が、芝神明前にあった書物問屋岡田屋嘉七である。
 外編三冊の体裁は初編と変りはない。題箋には「外編」の文字が記されている。見返しは黄色の和紙に初編と同じ体裁で「福沢諭吉纂輯/西洋事情外編/慶応三年丁卯季冬 尚古堂発兌」とある。巻之一が題言三丁、目録二丁、本文五十二丁、巻之二が本文五十四丁、巻之三が本文五十三丁、最後に一丁、「慶応義塾蔵梓」の見出しの下に「慶応義塾蔵版之印」と刻した長方形の黒印が押してあり、福沢諭吉と小幡篤次郎との著訳書目が掲げてあり、最後に「不許偽版」の四宇が大書してある。この書目の中にも「西洋事情」の二集三集が近刻される旨の予告が出ている。巻末に取扱書店名が列記してあるが、勢州津の篠田伊十郎と東都の内野屋弥平治との名が、初編の連名に追加されている。
 この外編は、表紙見返しに「慶応三年丁卯季冬」と印刷してあるが、実際に製本発売されたのは慶応四年(明治元年)五月から八月までの間であったようである。慶応三年に脱稿し版木の彫刻も大部分できたのであるが、初編の発売部数の多いのに目をつけた奸商が盛んに偽版を出したので、この外編も出せば直ぐに偽版を作られることを慮り、出版を躊躇していたのである。慶応義塾という名称のできたのは、慶応四年四月のことであるから、右に述べた奥附の「慶応義塾蔵梓」の文字や「慶応義塾蔵版之印」などから推しても、この書が福沢の塾が築地鉄砲洲から芝の新銭座に移転した後に刊行されたことが明らかである。またその蔵梓目録の中に、明治元年九月刊(改元は九月八日) の「窮理図解」三冊の名を掲げ「脱稿近刻」と予告してあるのを見ても、この外編の刊行が夏秋の頃であったことが推定できる。
 二編四冊の体裁も初編外編と全く同じで、題箋は「西洋事情二編 一(二、三、四)」となっており、見返しは外編と同様、黄色の和紙に「福沢諭吉纂輯/ 西洋事情二編/明治三年庚午初冬 尚古堂発兌」とあり、右下隅に「慶応義塾蔵版之印」という長方形の朱印が押してある。巻之一が例言六丁、目録二丁、本文五十六丁、巻之二が本文五十二丁、巻之三が本文五十丁、巻之四が本文三十七丁、蔵版目録二丁である。巻之四本文の終りに「明治三庚午年十月/官許/禁偽版 慶応義塾蔵版/岡田屋嘉七売弘」と記し、「官許」の二字を大書している。外編巻末の「不許偽版」の大書と共に、福沢がいかに偽版に苦しめられたかを物語るものである。事実、巻之四巻末の慶応義塾蔵版目録の書名の下に、「上方に偽版三四様ありて方今も偽本を売買せり」「これも偽版二三様あり」「例の如く偽本版山」「この書も偽版の噂あり他の例に従へば実説ならん」などと記している。
 以上各編とも、見返しと同一の版木で刷った外包みの紙鞘に包まれて発売された。もとより偽版が横行するくらいであったから、著者自身も何回か版木を改めたと見え、口絵の描線などには微妙な相違が見られるが、恐らくそれらは初刷の冠せ彫りであったろうと想像せられる。
 はっきり版下から書き換えた改版は、初編では明治三年の再版、明治六年の三版、外編では明治五年の再版、明治六年の三版、二編では明治六年の再版を数えることができる。
 初編の再版本は、体裁は初版と同じで、題箋も「西洋事情 再刻一(二、三)」とあって、やはり「初編」の文字は記されていない。見返しは黄色の和紙を用い初版の「慶応二年丙寅初冬」の刊年が「明治三年庚午再刻」と改まっている。口絵も本文も初版本の体裁と同様で、巻之三第五十丁裏の刊記とも見るべきものが「明治二己巳年十二月再刻/官許/ 禁偽版」と改まっている。初版本にはその次に取扱書店名の列記があるが、再版本ではこれがなくなって、その代りに慶応義塾蔵版目録が一丁加わり、大体初版の二編巻之四巻末の蔵版目録と同じであるが、この方が少しく後に彫刻されたものと見えて、新たに追加された書名も見える。思うに明治三年初版の二編の出版と共に再刻して、初編、外編、二編と揃えて発売されたものであろう。二編初版の巻末目録にこの初編の再刻が記されてある。
 外編の再版本も体裁は初版と全く同じで、題箋も見返しもすべて初版と同様であるが、その刊年だけが「慶応三年丁卯季冬」を「明治五年壬申再刻」と改められている。巻之三の巻末の蔵梓目録も初版本のまま少しも変更を加えていない。
 明治六年三月に「西洋事情」全十巻が一揃いに新版となった。すなわち初編の三版、外編の三版、二編の再版である。この新版の特徴の第一は、従来の刊本と表紙の異なる点である。従来は網目模様の地紋の濃藍色表紙であったが、新版の表紙には、白と黒との斜め縞に「慶応義塾蔵版」の六字を散らし書きに白字で出した図柄の全面に銀粉掃きつけの用紙を使っている。題箋は「西洋事情 初編一再刻」というように、この新版で初めて「初編」の文字を表わしている。しかも実は第三版であるのに題箋だけは「再版」と記してあるのも注意を要する。外編と二編との題箋には「再刻」の文字はない。
 見返しは再版本と同様に黄色の和紙を用い、文字の配列も同様であるが、「尚古堂発兌」の代りに「慶応義塾出版局」と改められ、その文字に冠せて「慶応義塾蔵版之印」の長方形朱印が押してある。しかも刊年は、初編は「明治三年庚午再刻」、外編は「明治五年壬申再刻」、二編は「明治三年庚午初冬」と、初編、外編は再刻の年を、三編は初版の年を掲げ、初編と外編とには左下隅に「明治六年三月再々刻」、二編には「明治六年三月再刻」と記している。各編ともに奥附も蔵版日録もない。これらがこの新版の特徴で、思うに十冊全揃いとして発売せられたものであろう。
 以上の各版は、いずれも土佐半紙を用いたものであるが、初編に限り雁皮紙に印刷して三冊分を一冊に合綴した、いわゆる薄葉刷りと称すべき異本がある。これには二種類あって、一は一九・七×一四cm、他は一八・四×一三・三cmと、大小二様の仕上げになっている。いずれも半紙判より少しく小さい。
 右のうち大きい方は、無地濃藍色の紙を表紙とし、見返しは紅唐紙。初版と全く同じ記載であるが、匡郭は一六×一一・一cmで、初版とほぼ同大であるが、版木は別のものを使っている。口絵、本文も初版とは版木を異にし、やゝ寸がつまっている。巻末の奥附も初版と同じ体裁である。
 小型本は絹表紙で、茶、青、濃緑など、さまざまの色を使っている。見返しはいづれも黄色の和紙で、半紙判、薄葉大型本、いずれも西洋事情の洋のツクリが「芋」になっているのに、この薄葉小型本に限り「羊」になっているのが著しい特徴で、刊年が「慶応四年戊辰初夏」と改められ、「尚古堂発兌」の文字が削られ、また巻末の刊記もない。口絵、本文とも、全体の版木は、初版本とも前記薄葉大型本とも異なるものである。思うに薄葉大型本が出たあとで作られた偽版であろうか。大型小型いずれにも薄葉刷りには題箋が貼られていない。
 前記薄葉大型本も、半紙判初版本とは異なる版木が使われているところを見ると、薄葉のために特に新版を起したとは思われないので、果してこれも真版かどうかは俄かに断定はできないのであるが、われわれの所見の版本の真偽如何は別として、確かに薄葉に印刷した版本の出たことは、この頃の福沢書翰によって立証することができる。
 福沢は文久二年の暮にヨーロッパ旅行から帰って、その見聞を基礎とし欧米の諸書を参照してこの書を著わしたというのであるが、「西洋事情」初編の刊行の慶応二年の冬までに、満四年に近い歳月が経過している。後年の健筆から考えて余りに長すぎる。もちろん原稿の整理、資料の調査に時日を要したことは察せられるが、それだけではなくて、文久三年から元治慶応にかけての、国内の撰夷論全盛の風潮に、本書の出版を躇躇せしめる事情があったであろうことは、十分に推察できる。その間に福沢は草稿のままこれを人に示したことはあるらしく、初版の刊行以前に福沢に「西洋事情」の著のあることに言及した文献もあり、又初編の第一冊の原形かと思われる写本なども伝わっている。
 最後に「西洋事情」の偽版についても言及しておかねばならない。
 「西洋事情」の真版そのままを模して作られた偽版は、もちろんあったに違いなく、前記の薄葉刷りもその一種かと思われるし、又木版でなく活字版で刷り立てられたものも管見に入っているが、真版を冠せ彫りにした偽版は容易に見分け難く、しかも内容的には真版と何等異なるところはないので、しばらくこれを別にして、内容の異なる偽版だけについて述べれば、今日までに知られているものに「増補和解西洋事情」四冊、「西洋事情次篇」二冊、「西洋各国事情」六冊の三種がある。しかもそのそれぞれに異版がある。
 「増補和解西洋事情」四冊は、福沢諭吉原輯、黒田行次郎校正、「慶応四年戊辰夏宦許」と称するもので、上、中、下、附録の四冊から成り、上、中、下の三冊が真版の初編三冊に相当し、附録は黒田が新たに増補したものである。口絵も真版と異なり、本文はほぼ同じであるが、文字を変更した部分もあり、難かしい熟語に振仮名と意味とを書き加え、西暦の年に日本暦年を傍記している。第四冊の附録は、黒田が福沢の著書の欠を補うと称して新たに書きおろしたもので、黒田は江州膳所の藩士で、緒方塾では福沢の先輩に当る当時屈指の洋学者であるから、著作権の観念のなかった時代のこととて、黒田としては福沢の遺漏を補ってやろうとの見識をもって、京都の書肆の依頼に応じたものであろう。この書には別に薄葉刷り一冊ものがある。
 「西洋事情次篇」二冊は、実は後に記す福沢の著書「西洋旅案内」の本文をそっくりそのまま翻刻し、単に題名だけを「西洋事情次篇」と名づけて偽版したもので、「西洋事情」の真版と同じ大きさと、それより小型のものと二種類あり、「西洋事情次篇 乾(坤)」の題箋、「福沢諭吉著/西洋事情次篇/慶応四年戊辰仲春 附録万国商法」と記した見返しを附し、本文は「旅案内」の刷り本の冠せ彫りと覚しく、書体も全く同一で、版心の文字を「西洋事情」と改め、内題を「西洋事情次編」とし、巻之上の巻末に「西洋事情といへる書に」と真版にあるのを「西洋事情前編三冊書に」と訂正してあるところなどが顕著な相違である。小型本も右の大型本と全く同一の版木で刷ったもので、仕上がり寸法を縮めただけに過ぎない。見返しは大型本と同じものと、書名を「西洋事情次篇」から原名の「西洋旅案内」に戻したもの、題箋をも「西洋旅案内 上(下)」と改めたもの、本文第一丁の内題だけを「西洋事情次篇巻の上 一名旅案内」と改めたものなどいろいろの版本がある。察するに偽版の取締りが厳しくなるにつれて、次第に此処彼処と少しづつ改めて、追窮の目を遁れようとしたものであろう。
 「西洋各国事情」六冊は、小型本で、見返しには「浪華二書房」となっているが、奥附により大阪の小島屋伴兵衛と藤屋宗兵衛とが発行元であることがわかる。慶応四年初秋の上梓となっている。内容は全然福沢とは無関係の弘化二年刊「西洋人撰述訳本」雲峰閣蔵梓と称する「万国輿地図説」の古版木を利用して刷り立て「福沢先生著西洋各国事情」と著者名と書名とを偽って出版した、甚だタチの悪い詐欺出版である。この原本の著者は明かでないが、全部で十二冊から成っているものを、六冊に編成し直し、毎巻巻頭巻尾の題名を改め、挿絵の二、三を省略し、順序を少しばかり違えたほかは、完全に原本の古版木をそのまま使って刷り立てたものである。


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