2017/04/06 新たに 「慶應義塾大学メディアセンターデジタルコレクション」 を公開しました。

Digital Gallery of Rare Books & Special Collections
インキュナブラコレクション
[ Japanese / English ]
032 アルフォンソ10世 『天文表』 (ヴェネツィア、ヨハネス・ハンマン印行、1492年10月31日)
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Author : Alphonsus, Rex Castellae
Title : Tabulae astronomicae. Ed: Johannes Lucilius Santritter: With additions by Augustinus Moravus. Add: Johannes Lucilius Santritter: Canones in tabulas Alphonsi
Language : lat
Format : 4º
Place of Publication : Venice
Printer : Johannes Hamman
Date of Publication : 1492-10-31
Binding : Contemporary binding using 11th-century rubricated vellum leaves, in Italian Carolingian script, over boards, vellum flyleaves of the same period; rebacked in later vellum.
Bibliographical Notes : 114 leaves; heavily annotated by contemporary hands; a number of woodcut initials (sometimes space left blank).
Provenance : T. Helius Vitor Fanestris (Tito Aerio Vittori of Fano, signature, in a contemporary hand).
ISTC : ia00535000
Reference : Goff A535, H 869*, BMC V 424, GW 1258, PP99IJL 012, IJL2 016
Shelfmark : 120X@855@1
Acquisition Year : 1989

 賢王(el Sabino)の名で名高いアルファンソ10世(1221-1284)はフェルナンド3世(Fernando III)の子として1221年に生まれた。父フェルナンド3世は国土回復で目覚ましい功績を上げ、死後ローマカトリックから聖王(el Santo)の称号を贈られた英雄であった。アルフォンソは父に追従すべくアフリカ遠征に乗り出すが、失敗に終わる。
 当時、神聖ローマ帝国では皇帝不在の大空位時代に入ったため、アルフォンソ10世は自分の生母がかつての神聖ローマ皇帝・フリードリヒ1世の孫娘に当たることを理由に皇帝の位を望んだ。一時は皇帝に即位するところまでこぎつけたが、ローマ教皇の猛反対にあった。失政の連続の上、1275年には王太子であったフェルナンドが自身に先立って夭逝するなどの悲劇も起こり、次男のサンチョ4世と王位をめぐる内乱にまで発生する。結局この内乱でアルフォンソ10世は敗北し、セビリアに追放され1284年64歳で没した。
 軍事面においては成功者とは言えないものの、アルフォンソ10世は法律の整備や文化面でさまざまな功績を残した。歴史編纂者として、天地創造からモーゼの死までの聖書物語を大まかな内容とした「大歴史」の編纂に取り組み、さらに「大年代記」の編纂にも情熱を注いだ。特にこの「大年代記」は、それまではローマによる支配、あるいはゴート族の統治による歴史としか認識されなかったイベリア半島の歴史を、民族の通史として完成させる初めての試みであった。編纂の完成は息子サンチョ4世によってなされた。
 さらに法律の分野でも多大な貢献を残している。ローマ法に基づいてアルフォンソ10世が編纂した「七部法典」は、近代スペインにおける法律の基礎となったと言われている。父フェンルナンド3世が先統治者ゴートの基本法典とローマの法律集を俗語に翻訳させたものを、アルフォンソ10世が受け継ぎ法規を統一したのである。
 学問文芸の保護育成にも尽力し、自らも詩作を行った。彼が編纂した音楽集「聖母マリアのためのカンティガ集」も有名である。また国内でのカスチラ語普及も推進し、これが後世のスペイン語の土台となった。その他にも、医学書、薬書、天文学、チェスに至るまで、彼の好奇心は多くの遺産を産み出し、その功績が讃えられて賢王と称されるようになったのである。
 本書は天文学の分野における、アルフォンソ10世の重要な業績のひとつである。プトレマイオスによって残された仕事を完成させた惑星表で、通称「アルフォンソ天文表」として知られる。本書を印刷したヨハネス・ハンマンは1482年にケルン出身の印刷業者と印刷業を開始し、90点ほどの出版物が知られている。自らも印刷業でもあったオクタヴィアヌス・スコトゥス(Octavianus Scotus; d. 1498)から出資金を受けて印刷したものも多く、スコトゥスのものに似たデザインの印刷者標章を用いた。
 慶應本の製本は同時代の形をとどめ、製本の補強には11世紀頃の写本が使われている。また折記号A4rには'T. Helius Victor Fanestris'という16世紀頃の筆跡で署名がある。この人物(Tito Aelio Vittori of Fano)はおそらく天文学者かその道に通じた人物と思われ、見開きや遊び紙(flyleaf)などにプトレマイオス、カペラ、プリニウスなどからの引用や本文の訂正など様々な書き込みを加えている。慶應本は科学史関連の書物がどのように16世紀において読まれたか、その一端を示すきわめて興味深い資料であると言えよう。
 
 (ST)

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