Digital Gallery of Rare Books & Special Collections
インキュナブラコレクション
[ Japanese / English ]
041c ヨハネス・ハインリーン (聖職者のための)「ミサ執行の手引き」 (パリ、[ピエール・プーラ] for デニス・ロス、[1495年頃]、或いは[1493年頃])
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Author : Johannes (Heynlin) de Lapide
Title : Resolutorium dubiorum circa celebrationem missarum occurrentium
Language : lat
Format : 8º
Place of Publication : [Paris]
Printer : [Pierre Poulhac], for Denis Roce
Date of Publication : [c. 1495]; [c. 1493]
Binding : Nineteenth-century brown sheep, blind-stamped border, gilt lettering on spine, gilt edges.
Bibliographical Notes : a-f8; 45 of 48 leaves, lacking f1, f7, and f8.
Provenance : Robert Oldred (inscription)
ISTC : ij00365000
Reference : Goff J365, C 3493
Shelfmark : 160X@49@1
Acquisition Year : 2002

 本書の著者ヨハネス・ハインリーン(c. 1425-96)はドイツ出身の人文主義者、神学者で、ドイツ語圏とフランス語圏で活躍したこともあり、その名はさまざまな表記法(Johan Heynlin/Heynlein/Henelyn、Jean La Pierre、Johannes Lapideus/de Lapideなど)で知られている。ハインリーンはドイツで学問を修めた後、パリに渡り哲学と神学の研究を究めた。さらにこの地で実在論者たちとの親交を深め、彼自身も中心的な存在となる。1464年にバーゼル大学に職を求めると、翌年には文学部長に就任している。しかし1466年にはまたパリに戻り、ソルボンヌ大学神学部の教授職に就いた。1478年には、テュービンゲン大学神学部に招かれたが、唯名論者たちからの反駁もあり、しばらくしてその地を去ることとなった。晩年はバーゼルのカルトジオ会に入り、祈りと著作活動の日々を過ごしたと言われている。
 ハインリーンは、パリに印刷術を導入した人物としても知られている。1469年末か1470年初頭、おそらくドイツ出身の印刷工たち数名(大学教育を受けていたものもいた)とソルボンヌ大学の一角に印刷工房を設立し、おもに教父たちの著作を中心に出版活動を行った。
 慶應本はハイリーンが晩年に著した著作のひとつで、聖職者がミサを執り行うときのための基本的な手引書である。インターネット版ISTCによると、15世紀末までに30版近くが出版されている。しかしこの版の現存数は少なく、ISTCでは慶應本以外には9部しか確認されていない。また慶應本は法学書、教会法に関する手引書2点と一緒に製本されており、同時代の所有者と思しき人物の署名が数カ所に見られる(IKUL 041も参照のこと)。
 
 【参考文献】
 Catholic Encyclopedia [accessed 27 Jan. 2007]
 Claudin, A., The First Paris Press: An Account of the Books Printed for G. Fichet and J. Heynlin in the Sorbonne 1470-72 (London: Printed for the Bibliographical Society at the Chiswick Press, 1898)
 
 (ST)

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